令和記

雑文、雑記、日々の記録

名もなき老人の言葉

ある認知症の老人ナオミさん(仮名)には、不思議な能力がある(仮定)。

ナオミさんは普通に会話をすることができない。日中は傾眠しているか、お経を唱えているか、である。話しかければ、そうですねぇとか、そうなんですねぇとか答えるものの、もちろん、会話の内容は理解していない。

かつて、ある宗教の熱心な信者だったので、お経は脳裏にこびりついているようだ。なんみょーほーれんげー、なんみょーほーれんげー


ナオミさんが力を見せたのは、うちの施設に入所したばかりのころ、つまり、ずいぶん前のことだ。近くにいたスタッフの生年月日を何の前触れもなく、言い当てたのだ。でもそのときは、きっとどこかで耳にして、たまたま今、口から出てきたんだろうということになった。

で、みんな忘れた。ナオミさんはお経を唱えては寝入り、スタッフの声かけに対しては、よぼよぼの愛想笑いで返した。

しばらくして…

今度も、なんの前兆もなく、ぼくの家族構成を話し始め、若干のアドバイスまでしてくれた。一瞬、悪霊に憑かれた少女が、ダミ声で話すシーンを思い出したが、ナオミさんに禍々しい雰囲気はなかった。

ぼくは週末の競馬の予想をお願いした。

ナオミさんは元のナオミさんに戻っていて、ケーバすごいですねぇと笑った。

“お願いしますナオミさん!”

頭を下げてもダメだった。

どうしようもなかった。ぼくに金儲けをさせる気はないようだった。しつこく迫っても、力なく笑って頷くぐらいだ。


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時は流れ、ぼくは不思議な力(仮定)のことを完全に忘れた。 ナオミさんは相変わらず、お経を唱える日々を送る。なんみょーほーれんげー、なんみょーほーれんげー、なんみょーほーれんげー、なんみょーほーれんげー


それは突然だった。

お言葉が唐突に、発せられた。



“17404”



ナオミさんは繰り返した。即座にスマホで検索すると、ペンシルバニア州の郵便番号が出てきた。ほかは商品の型番ばかりだ。ナオミさんに真意を聞いても、例によって何も答えてくれない。

ぼくは今、その番号が気になって仕方ない。眠れないほどではないが。



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