ショウガアンチャヤ
「ショウガアンチャヤね?」
高齢者施設(認知症専門棟)の利用者・マチコさんがいきなり言う。
TVを指差して。
「ショウガアンチャヤでしょう」
TVでは、ワイドショーの司会者が話している。
“桜を見る会”の話題だ。
「ショウガアンチャヤ。田舎ではそう言うんです」
マチコさんはよく、独自の言葉を作り出す。今のマチコさんにとって、あれは“ショウガアンチャヤ”なのだ。
30分後には、ショウガアンチャヤのことは忘れている。意識は絶えず流転し、何かにひっかかったときだけ反応する。ショウガアンチャヤ…
斜向かいで新聞を読んでいた女性利用者・カツさんが顔を上げて、言った。
「わたしらぐらいの歳の人はシッカリ働いたから、年金たくさんな人が多いのよ」
「厚生年金ですか」私は首をかしげた。
「旦那は厚生年金」とカツさん。「工場に入って、定年までずっとやったから」
「我々は年金、もらえないかも」
「若いとそうかもね。おたがいさま、おたがいさま」
ん? おたがいさま?
どういう意味だ?
少し考えてみたが、よくわからなかった。
「わたしらは運がよかったのよ」
「ぼくらは運が悪かったようです」
カツさんは楽しげに笑う。
「おたがいさま、おたがいさま」
おたがいさま、ではなく、ご愁傷さま、と言いたいのでは…
まぁ、いいや。
マチコさんに声をかけてみる。
「ショウガアンチャヤどうですか」
マチコさんは重々しく頷いた。
「田舎ではそう言うんです」
「ショウガアンチャヤ?」
「ショウガ、アンチャヤ!!」
お怒りになられたようなので、謝った。
マチコさんは口をモグモグさせた。大好きなTVに顔を向けた。私のことなど、眼中にないのだ。