Jフード・ダイアリーズ

疲れたらカレーを飲め、と或る人が云った

学歴は守られた

先日、カイロ大学都知事は卒業生だとの声明を出した。当時かの地では、卒業証書を不正に発行してもらえた、みたいな記事も目にしたが、真偽のほどはわからない。大学側が卒業したと断言するなら、そう受け入れるしかなさそうだ。



輝かしい学歴は何も持たない“自分”を容易によく見せることができる。無名よりは有名なほうがいいし、三流よりは一流のほうが受けもいい。ただし、自力で入学試験をクリアし、実際に入学して眠い講義にも出続け、単位を取得し、卒論なり卒研なりを仕上げ、学位記を手に入れることが大切であり、そうでなければ全く意味はないと思う。



ぼく個人は学力が伴わないスポーツ推薦や難度低めの指定校推薦にも反対だが、大学経営ということを考えると、どうなんだろう。仕方ない、と言うしかないのか。


とにかく、社会が学歴で人を評価する限り、卒業のメリットがある限り、詐称や裏口がなくなることはないだろう。ただ、嘘をついてもその後の人生がうまくいくかは結局、本人の努力・実力次第である。仮に詐称して大成功を収めた人がいたら、その方の後悔と苦悩はとんでもない重さに違いない。自分には想像することもできないが…


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