Jフード・ダイアリーズ

疲れたらカレーを飲め、と或る人が云った

最大の迷惑と感謝の日々

■話を盛ってます。
■かなりフィクションです。



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思えば、行き当たりばったりに見えて、実は随分努力してきたように自分では思えるのだが、ほぼ報われていない。要するに、そろそろ神様にツケを払ってもらいたいところだけれど、難しいか。



ただ、努力というものが可能だったのは、親の協力と支援があったからだ。

子の成長とともに、親の力を痛感する。

おれは彼らほどうまくやっているだろうか?



親にはまず、努力の仕方や効果を教わった。効率よりは精神論に傾いていたものの、そんなに悪い教育ではなかった。父は君主として家庭に君臨していたが、よく遊んでくれた。おれが熱中するものに興味を示し、学び、ともに攻略した。


成長とともに親から離れていくわけだが、経済的な支えは大学を出るまで続けてくれた。それ、普通のことだと思っていたけれど、けっこうな負担だったに違いない。


おれは東京の某私立大学に通って、好き勝手やって過ごした。そうして一年が経ったころ、いきなり、東北の田舎に行ってみたくなった。住みたくなった。関東から出たことがないので、どこか違うところ、ど田舎でゲレンデがあるところで暮らしたくなった。おっさんになったら、そんなことはできない。今しか、ない。おれは父に言った。

「大学やめて、東北の○○町で働こうと思う」

めちゃくちゃである。昔から、思いつきを夢の域まで押し上げることは得意だった。しかも、人の言うことはほとんどスルー。やりたいようにやる。そして失敗する。でも恐れない。失敗より怖いのは、戦うのをやめること。戦意さえあれば、それで構わない。それが、おれの人生。イッツマイライフ…

「お前、○○町に行ったこと、あんの?」

「ない」

「まず、その目で見てこい」

冬休み、○○町で過ごした。スキーとスノボー三昧だった。金は親が出してくれた。幸運だったのだろう、彼女もできた。自分の中では、移住決定である。翌年の初夏、彼女にはふられることになるのだが、そのときは永遠の愛を手に入れたと思っている。おれは父に言った。

「○○町に行くよ!」

怒られる覚悟も決めていた。

だが、父は意外なことを言った。

「○○町には○○大学がある。もしそこに行くなら、金のことは考えなくてもいい」

父は、子供を大学に行かせ、卒業させることにこだわっていたらしい。父が亡くなってしばらくしたころ、母からそう聞いた。確かに、父が大学生だったころは進学率もまだ低く、就職・教養における大学の役割は今より大きかった。母とも、大学で知り合い、友達もけっこういた。いい会社に入って、上司は大学の先輩にあたる人で、年収は右肩上がりだった。父にとって、大学は全ての始まりだった。そういう経験をおれにもさせたかったのか。いや、でもおれは父ほど有能ではない。そもそも田舎の大学を出たところで、大企業には入れまい(もちろん入る気もない)。


しかし、おれは思いつきを夢に変える男。


翌年、○○大学に進学することになる。始めての一人暮らし。始めての田舎暮らし。毎日が新鮮で、すごく楽しかった。彼女にふられ、友達ができ、なぜか学問に興味を覚えた。読んだ本は1000冊を超え、だんだん生意気になりつつあったが、忘れてはいない。全ては、父の、いや、父母のお陰だということを。




子が幸せかどうかは、親によるところが大きい。

彼らは確かに、おれや兄弟を幸せにした。

なぜ、孝行する前に…




子の成長とともに、親への感謝が増していく。