禁煙家のグラフィティ

疲れたら水を飲め、と或る人が云った

ワクチンのこと

11/18/2020

 

アメリカの製薬会社が新型コロナウイルスに有効なワクチンの開発に成功

 

近頃そんなニュースが報じられ、一筋の光明というか、この道の先に出口が見えつつあることに胸を撫でおろしているのだった。

 

職場のお偉いさんも、ワクチンが多くの方々に行きわたるまでの辛抱だというようなことを言っていた。

 

おれはこのニュース、あまり詳しくないし、はっきりしたことはまだ何も決まっていないのだろうが、どうやらワクチンは高齢者の方々から打っていく方針のようだ。

 

なるほどなるほどと何気なく思っていたのだが、ある日ふと

 

え!?

 

思ったのだった。

 

改めて言わせてもらうと、ワクチン開発に年月を要するのは、副作用の問題をクリアする必要があるからだ。特に今回のように開発・流布を急いだワクチンの場合、中長期的な副作用の検証はどうしてもおろそかになる。

 

それを、まず、ご老人に、打つ、と?

 

でも、ま、日本は自由の国だ。

 

ご本人が望めば、リスクを踏まえた上で希望するなら、ワクチンを接種することに何の問題もない。

 

(意志を表明することも、判断することもできない認知症の方々の場合は、ご家族・後見人の了解を得ることが条件だろうか。ここは極めて多くの問題をはらんでいるような気がするけれど、認知症介護の根幹にも関わってくるので、簡単に答えは出せない)

 

で、ご老人のあとは、医療従事者や介護職員みたいな話もあるようだが、おれはちょっと……いや、ワクチンは打ってもらいたいけれど、今すぐじゃないとダメですか、みたいな……そんなこと言える空気じゃないんだろうけど……インフルのワクチンも不足していて未だに接種できていない状況だから、コロナのワクチンをすぐに接種できるとはとても思えないが……

 

いくらなんでも、びびりすぎか。

 

腕まくってぶっ刺してもらうだけのことだ。

 

見る前に跳べ、だ。

 

確かなことは、効果的なワクチンさえあれば、コロナの呪縛から人類は自由になれるってことだ。そう考えると、どうしたってワクチンは必要なのだ。

 

そもそも今すぐ接種できるわけではないし、うだうだ考えても仕方ない。

 

ただ、おれが無知だから、副作用というワードが妙に気になったのだった。

 

来年の今頃には副作用のことなんて忘れているかもしれない。

 

きっと、これを書いたことさえ忘れているだろう。

 

是非そうあってもらいたいものだ。