Jフード・ダイアリーズ

疲れたらカレーを飲め、と或る人が云った

 

日本国民のうちのけっこうな人の先祖は、源平藤原だったりするわけで(通常、源平藤橘と言いますが橘氏は希少)、もちろんそこには眉唾な系図もあるけれど、事実かどうかはこの際どうでもよくて、高貴な血に連なっていると自覚する一族が日本中に溢れていることが特殊・特異で、日本的で、面白いです。

 

当然、日本国民の多くは陛下を支持しているでしょうし、まさか我が国の皇室がどこかの国の王室みたいにタブロイド紙を賑わせるようになるとは思っていなかったはずです。

 

あえて言えば、皇室の方はそれなりの家柄の、叩いてもホコリなんて立たない人と結婚するものと思っていました。学生時代のイケイケ画像はまだいいとして、親の借金無効化のためにボイスレコーダーまで用意して稚拙な言質取りまでしていたことを知ったときは、他人事ながら頭が重くなってきました。そこまでやることではないでしょうに…

 

 

しかし、内親王殿下が時間的・空間的に待ち続け、かつては姿を見せただけで歓喜した国民の鋭い反感に堪え続けることができたのは、お相手あってのことでしょう。

 

問題は未来にも起こり得ます。国民の求める皇族像は保守的で、伝統的で、禁欲的ですが、皇族の方々はより自由を望まれることでしょう。気がついたら、なりたくもない身分になっていて、好きな勉強をすることも許されないし、政治に参加することもできない上、好きな人との結婚にも一々反対される、では、やってられません。

人が自由になるためには、制度・慣習を打破する必要があります。貴人の自由を大幅に制限する戦後民主主義社会において自由を得るには、社会との対峙は避けられないでしょう。